「pink」Official Interview


汐れいら、初めて自身の経験をもとに描いた「pink」で表現する情景と心理描写の解像度の高さ

 

 

●日常にある幸せを、心地よく浸透するサウンドで表現したポップソング

 

これまで、実体験に頼らない創作への向き合い方で想像力豊かな世界観を築き上げてきた汐れいら。そんななか、ライブ活動を経てたどり着いたひとつのターニングポイントが本作だ。1126日リリースの最新曲「pink」は、これまでのように物語に“架空の主人公”を立てることはせず、初めて自身の経験や感情をもとにした曲となった。作品を通じて、自分とリスナーとのコミュニケーションへと向き合った楽曲と言えるだろう。

 

pink」で描かれるのは、日常にある幸せを心地よく浸透するサウンドで表現したポップソング。これまで同様、歌詞に込められた細部にわたる情景や心理描写の表現力、時間軸の構成力が生み出す解像度の高さに驚かされる。伏線を張り巡ったストーリーテリングにハッとさせられたのだ。

 

自分の物語について、新しい季節へと走り始めた汐れいらに話を聞いてみた。

 

●自分がライブでやりたい曲は、みんなで一緒に盛り上がれる曲なんだなって

 

――ライブを楽しくやれるようになってきていますよね。

 

汐:たしかに。最初に比べたら全然変わってきました。楽しめていますね。

 

――新曲「pink」は、これまでとは違う作り方だと思いますが、どんなこだわりを持って生み出されましたか。

 

汐:これまでの曲ってライブでやる想定ではなく、1個の作品として。ある意味、自己満足大きめだったんです。想像の物語だったし。私自身の考えというより“こういう人いるな”みたいな。自分のなかで楽しく書けていたんですけど。ライブをやっていると、やっぱり自分自身のことを書いたほうが気持ちのこもり方が違うなって気がついたんです。

 

――なるほどね。

 

汐:今までは、“自分自身の気持ちを表現した曲を書けない”って言ってたんです。それは、簡単な言葉になってしまい、自分じゃなくても書けるような歌詞になっちゃうのかなって。……もっと言えば、自分が傷つきたくなかったんですね。自分と向き合うっていうのも根気がいるというか。特に音楽なんて、幸せな時に向き合うよりは、傷ついた部分を掘り下げることもあるわけで。

 

――たしかに。

 

汐:幼少期から、自分が傷つきたくないから先にバリアを張るようになっていたんです。なので、自分自身を深堀りしたくなかったというのが本音で。自分自身の曲を作ったら……、簡単なテーマになってしまうと思い込んでいたのは、自分の深層心理じゃないですけど、傷つくことまで深掘れないからこそ簡単な言葉になってしまうのかなって。

 

――自己分析がすごいなあ。

 

汐:わかってはいたんですけど、それもあって“自分自身を表現する曲は書けない”って決めて、他の主人公を立てて物語を作って。それって、たとえば作品を否定されたときに“自分自身の話じゃない”という逃げだったかもしれないなって……。でも、春と秋にツアーをやったんですけど、春くらいの時かな。ちょっとバリアも効かないくらい傷ついたことがあって。も考えられなくなっていた時期があったんです。自分でも気づかない感じではあったんですけど。でも、周りの人と話したときに“ああ、自分は普通に悲しいな”って。

 

――そんなことがあったんですね。

 

汐:ちょうどそんなタイミングに、“自分自身をテーマにした曲が欲しいよね”ってチームの人が言ってくれて。そこで“たしかに”って頷けたんです。そのときpinkとはまた別の自分自身の曲を書いて、自分の話なので歌いやすかったというか。もともとは、小説的に他人を主人公にした曲をこれまで作っていたので、作り終えたら自分の手から離れる感覚があったんです。書き終わると。自分の曲というよりは、もともとある歌を歌っているみたいな感じがあって。

 

――おもしろい感覚だなあ。

 

汐:なので、作品を人に褒められて嬉しいんですけど、だったら自分のことを書いた曲を褒められた方がもっと嬉しいんだろうなって。ライブをたくさん経験して、自分がライブでやりたい曲は、みんなで一緒に盛り上がれる曲なんだなと気がついたんです。最終的に、ずっと歌っていくものとして考えたときに自分を歌った曲は必要だなと。もちろん、両方大事なんですけどね。

 

――ツアーを経験したからこそ辿り着いた心境なのですね。

 

汐:そうかもしれませんね。

 

●世界にある色の分、幸せは存在すると思って

 

――新曲「pink」は、歌いまわしによって感情の変化、心情の繊細な移ろいが伝わりやすい曲になったと思いました。だからこそ、汐れいらの魅力が距離感近く伝わってくるポップソングへと仕上がりましたね。

 

汐:いつものように物語として作っていたら、“合うような声で歌わなきゃ”じゃないですけど、“こう歌おう”みたいなのがありました。音程とかもそうなんですけど。でも、今回の「pink」は自然に歌いやすかったんです。声を変えたりしなくても、気を抜いて歌えるってわけじゃないんですけど。自分自身を作品に込めているのでいい感じですね。

 

――サビの歌詞で《明けていく空をみてる / ピンクに塗られはじめる》と《開けてみる空がみえる / ピンクが少し剝がれてる》、そして《焼けてく空をみてる / ピンクに塗られはじめる》の3つの表現が汐れいららしいよね。

 

汐:嬉しいです。みんな、綺麗な空って好きだと思うんですけど、昔から空を見ていると感動していたんですよ。この前もnoteに書いたんですけど、この曲を書く前にピンク色の空を見ていて。

 

――うんうん。

 

汐:おばあちゃんがすごく空が好きなんですね。それで、“綺麗な空の写真を送りたくなる人っているな”って思って。しかも、その人も空を好きじゃないと送れないというか。でも、見せたいけど写真で撮っても色がそのままじゃないし、みたいな。そんなことをいろいろ考えていて、そこから“ピンクの空の曲いいな”と思ってタイトルは「pink」なんですけど、みんなそれぞれ好きな色とかあるだろうなって。

 

――聴き手に開かれたイメージですね。

 

汐:たとえば、自分の幸せがピンク色だとしたら、身近にある色なんだけれど、普段は“ピンクだ、ピンクだ!”っていちいち気にしてなかったりするんですよね。“ああ、幸せもそうだな”って。探そうと思えばあるんですけど、普段気にしてないから見えないなっていう。ふと、世界にある色の分、幸せは存在すると思って。それくらい、いろんなところに幸せはあるんですよね。なので、色をタイトルにするのがいいなって思ったんです。

 

――いい話だなあ。

 

汐:空の色もピンクが好きなんです。それは、ピンク色の空はすぐ消えちゃうからなんですよ。永遠じゃないものって写真に残せないというか。写真には映らない。その方がありがたみもあるし。幸せも、ずっと幸せだけってわけにもいかないと思っていて。だからこそ際立つし、みたいな。

 

――空の色の変化が楽曲のなかに存在することで、楽曲での時間軸も移り変わっていくところがまた素敵で。資料のセルフライナーノーツに“電車が遅れるように、時間通りに幸せが来なくても、幸せは後からやってくる”って書かれていたんですけど。誰もが思い当たるけど、なかなか気づけないことを言葉にしてくれているなって。汐れいらならではの視点ですよね。

 

汐:昔すごく遅刻魔だったんです。友達と遊ぶときとか。でも、自分が以前は遅刻魔だったからこそ、逆に人を許せるというか。遅刻されても大丈夫って。でも、怒る人もいるじゃないですか? それこそ、遅刻して急いでいるときって本当に余裕がなくなっちゃうんですよね。信号を待っている時間さえイライラしたり。遅刻して急いでいる私が悪いのに通れない道とかあるとイライラしてしまったり。“邪魔だ!”って(苦笑)。時間に追われたりすると“うわっ、今日は良くない日だな”と思っちゃうというか。私、早く家を出た日とか忘れ物をすることが多いんですけど、そんな時も“早く出たのに”って嫌な気分になったり。それだけだったらいいけど、そのあとにちょっとの嫌なことが続いてしまったり。そんな自分に言い聞かせるために歌っていますね。

 

●時計台の上だったら、ちょっと遅れている幸せが歩いてくるのも見えるなって。“じゃあ、ここで待ち合わせね”って

 

――歌詞での展開で、情景描写を本や小説に重ね合わせているところも素敵ですよね。

 

汐:たとえば、つまらない本を読んでいるとき、私本当にページが進まなくて。でも、ここまで読んだんだから読まなきゃって気持ちがあって。でも、本だけじゃないですけど、どんでん返しの展開が大好きで。結局、途中おもしろくないなって思っていても、終わり良ければすべて良しっていうか。

 

――うんうん。

 

汐:しかも、本を読んでいるときって、わりと下を向いているというか。下を向いていても、空を見ても、幸せがどっち向きでも。落ち込んでいるときに下を向いていても、落ち込んでいないときに上を見上げても、どちらにも幸せがあるんだなと思って。そんな時に、上下に顔を動かすのってイエスというか、肯定の動きに見えるんですよ。信号を渡るときに左右キョロキョロしちゃうのは否定的だなって。急いでると否定的にすべてが嫌に見えちゃうけど、上とか下を見てみると肯定の動きになって、いろんなことを肯定できると思ったんです。

 

――それもまたユニークなものの見方ですね。汐れいらならではだ。しかも「pink」の歌詞で、情景や心情とともに表現されていると。

 

汐:はい。人生もそうなんですけど。“ここからどこ行けばいいのかな?”とか、本も“これどうなっていくんだろう?”とか。歌詞で腕時計を冒頭で出しているんですけど、方位磁針ではないんですよね。腕時計は時間の速さ、時間しか教えてくれなくて。どっちへ進めばいいかは教えてくれない。

 

――歌詞で《腕時計は方向音痴だし》と表現されているのが素敵だなと。

 

汐:それって時間に支配されているというか。それで、最後時計台の下じゃなくて、時計台の上で待ち合わせをしようねって言って。時間の下じゃなくて、時間の上をこっちが歩くんだぞっていう思いで書きました。

 

――そして、幸せと待ち合わせという発想もいいなと。

 

汐:時計台の上だったら、ちょっと遅れてくる幸せが歩いてくるのも見えるなって。“じゃあ、ここで待ち合わせね”って。上から見渡しているので、幸せがいつ来るのかわからないっていう不安がなくなるし、高いところから幸せを待っているイメージというか。

 

――いやほんと、これは鳥肌ものな解像度の高さですよね。なるほどねえ。それこそ、人生って経験を重ねていくと、たくさん失敗や辛いことがあっても、でも、大変なことがあったからこそ次にチャンスや出会い、幸運が待っているということを体感で学んでいくんですよね。1020代だと、目の前のことに集中しているから、ひとつひとつのことに大きく傷ついたり、選択肢に迷うことがあると思うけど、「pink」では、そんな人生の機微が汐れいらのメッセージとして書かれていて、ほんといい曲になりました。

 

汐:もともと不安というか、嫌なことがあったりすると“次は、絶対にいいことがくるやん”って思うんですよ。だから、幸せすぎると逆に怖いというか。ずっと幸せに期待していたほうがいいんですけど、嫌なことがあっても、次は上がるしかないよなって、悪いことのなかに幸せの種というか。次に幸せがくるよなって考えを持っています。そんな思いを「pink」では書きました。

 

2026を占ってもらったら・・

 

――さらに歌詞では、不思議の国のアリスも重ね合わせています。

 

汐:アリスは急いでいるウサギを追いかけていくと思うんですけど、それで不思議の国へ迷いこんじゃうっていう。アリスって青い服を着ていると思うんですけど、信号のところで《ブルーで急いじゃ ぼくは否定のアリス / 嫌になっちゃうよ》と、気持ちもブルーもあり、アリスの風景もあり、信号もブルーであること、そこから、アリスが本を読んで寝落ちしていたところへ掛け合わせました。

 

――ほんと、見事なストーリーテリングですね。

 

汐:たとえてはいるけど、自分の体験というか体験というか。私が電車に乗るときって電車が遅延しがちで、この歌詞になったんです。本のページが折れるのとかもすごく嫌だし。コーヒーを飲みすぎて寝れなくて寝不足だったり。それこそ健康の話なんですけど。寝不足だとイライラするというか。ちゃんと眠ることで、“嫌だな”って思っていたことが、意外と“なんでもないじゃん!”ってときもあったり。そうやって、眠って悲しみをやり過ごして、じゃないですけど。でも、本当にすごく深い悲しみだったら、誰かに寄りかかって電車で寝る人みたいな感じで、寝ていてもいいじゃんっていうか。誰かの肩を借りればいいなって。そんな歌詞なんです。

 

――作り手自身であり、俯瞰の視点も垣間見えますね。そして、編曲はKnoakによる柔らかくも優しい雰囲気のサウンド。ホーンアレンジの音色がピンク色に見えてきました。

 

汐:ああ、それは嬉しいですね。他の曲もアレンジしていただいているんですけど、すごく私好みにしてくれるというか。細かな要望を伝えているわけではないんですけど、すごく私の好みを汲んでくれるんです。すごくいい作品となりました。

 

――「pink」のリリースは、2026年へ向けて汐れいらが自信を持って歩んでいけるいいきっかけとなったんじゃないですか。

 

汐:はい。みんなで歌える曲になったらいいなって思ってます。2026年、占いでは“めっちゃヒットする”って言われたので()。いい年にしていきたいですね。

20251123 text by fukuryufukuryu76@gmail.com

 

2025.11.26 Digital Release

「pink」

Music : https://erj.lnk.to/Qn9Dd0

Music Video : https://youtu.be/Wq-jJwOpv-8